氏名

ヨシダ ヒロシ

吉田 裕

職名

教授 (https://researchmap.jp/read0067652/)

所属

(法学部)

連絡先

メールアドレス

メールアドレス
yoshida@waseda.jp

住所・電話番号・fax番号

住所
〒169-8050新宿区 西早稲田1-6-1 早稲田大学法学学術院
電話番号
03-5286-1365
fax番号
03-5286-1365

URL等

WebページURL

http://www.f.waseda.jp/yoshida/

研究者番号
20120941

本属以外の学内所属

兼担

研究院(研究機関)/附属機関・学校(グローバルエデュケーションセンター)

学内研究所等

オペラ/音楽劇研究所

研究所員 2013年-

学歴・学位

学歴

-1972年 早稲田大学 第一文学部 仏語仏文学専攻

学位

文学修士 論文 早稲田大学

所属学協会

早稲田大学比較文学研究室 研究員

日本フランス語フランス文学会 学会誌編集委員(2001-02)、委員長(2003-04)

成城大学フランス語フランス文化研究会

委員歴・役員歴(学外)

2001年-日本フランス語フランス文学会 学会誌編集委員会委員(2001-02)、委員長(2003-04)

研究分野

キーワード

批評、詩、仏語・仏文学、文学一般(含文学論・比較文学)・西洋古典

研究テーマ履歴

吉本隆明と日本の思想

個人研究

ジョルジュ・バタイユ

研究テーマのキーワード:共同体、歴史、芸術

個人研究

日本の近代批評

研究テーマのキーワード:文体、小林秀雄、自己意識

個人研究

論文

人類学から捉えた「移動」論

吉田裕

(328)p.6 - 72019年07月-

空間の輻輳に関する試論第Ⅹ章

吉田裕

人文論集(59号)2019年02月-

バタイユと三島由紀夫―すれ違いとオリジナリティと

吉田裕

比較文学年誌(54)2018年03月-

詳細

概要:1 バタイユの翻訳、70年の以前と以後 2 三島のバタイユに対する共感 3 三島のバタイユ理解はどこまで妥当か? 4 「神」と天皇 5 今日という時代Ⅰ・バタイユ『マネ』 6 今日という時代Ⅱ・三島『豊饒の海』

イマージュの経験―バタイユ『ラスコーの壁画』を読む

吉田裕

AZUR(19)2018年03月-

詳細

概要:1 芸術論としての『ラスコー』 2 マカロニから錯綜する描線へ、そしてシルエットへ 3 死の不可能性からイマージュへ 4 揺れ動くものへ 5 洞窟空間との共鳴

空間の輻輳に関する試論Ⅴ(第9章 風景の変成)

吉田裕

人文論集(55)2018年02月-

詳細

概要:1 無用なものの出現―赤瀬川原平 2 反転する地勢―荒川修作とマドリン・ギンズ 3 結ばれ解かれる空間―クリスト&ジャンヌ=クロード 4 多層化する街角―フェリチェ・ヴァリニ 5 スクリーンの上の複数性―蓮實重彦

風景の編成―フェリチェ・ヴァリニを参照しつつ

吉田裕

AZUR査読有り(18)p.99 - 1192017年03月-

link

詳細

掲載種別:研究論文(大学,研究機関紀要)

概要:1 過剰さは何処へ行ったか 2 文学及び絵画において 3 図像の浮上 フェリチェ・ヴァリニ 4 多重化する空間 石元泰博+吉増剛造 5 都市の風景を攪乱するもの 赤瀬川原平 6 交叉し波打つ空間 荒川修作 7 結ばれ解かれる空間 クリスト&ジャンヌ=クロード

北村透谷論―日本近代初期における「私」の意識の形成と挫折

吉田裕

比較文学年誌査読有り(53)p.1 - 292017年03月-

詳細

概要:前年の透谷論を増補したもの 1 無弦の大琴 2 恋愛、そして実世界から社界へ 3 粋と侠 4 虚無思想をいかにして越えるか 5 内部世界 6 宮と部屋と書斎 7 無形の社界 8 国民と詩人 9 蝶の行方

空間の輻輳に関する試論Ⅳ(第8章 彷徨う舞台)

吉田裕

人文論集(54号)p.57 - 1192017年02月-

link

詳細

掲載種別:研究論文(大学,研究機関紀要)

概要:第8章 彷徨う舞台 1 俳優への着目、劇構造の変化、劇場空間の変化 2 肉体とその反復 唐十郎と状況劇場 3 重なり合い離反する言葉たち 鈴木忠志と早稲田小劇場 4 時代の刻印の下に 清水邦夫・蜷川幸雄と現代人劇場・櫻社 5 劇場からの脱出 寺山修司と天井桟敷 6 死骸の流れる川

詩人の行方―透谷試論

吉田裕

LEIDEN(10)p.26 - 312016年11月-

空間の輻輳に関する試論Ⅲ(第6章 われわれの時代と社会で 第7章 都市と想像力)

吉田裕

人文論集(54)2016年03月-

link

詳細

掲載種別:研究論文(大学,研究機関紀要)

概要:第6章 われわれの時代と社会で 1 三島由紀夫、美から「文化防衛論」へ 2 「英霊の声」と美の消失 3 古井由吉『杳子』と重さの集まる場所 4 空間は波打ち食い違う  5 後藤明生『挟み撃ち』と橋の氾濫 6 揺れ動く外套 7 柄谷行人『マルクスその可能性の中心』 8 中心のさまざまな不在 第7章 都市と想像力 1 渋谷論(ふたたび吉増剛造および石元泰博) 2 セグメント化・ステージ化(吉見俊哉) 3 重なり合うが境界のない空間(吉本隆明) 4 外から内へ、内から外へ

村上春樹におけるバタイユの影

吉田裕

比較文学年誌(52)p.52 - 662016年03月-

詳細

掲載種別:研究論文(大学,研究機関紀要)

バタイユの構図:労働、死、エロティスム、そして芸術

吉田裕

AZUR査読有り(17)2016年03月-

link

詳細

概要:1 エロティスムからの問いかけ 2 動物から人間へ 3 芸術、違反行為としての 4 芸術と歴史の終わり 5 絵画と文学、あるいは絵画から文学へ

空間の輻輳に関する試論Ⅱ(第3章 マネをめぐる二つの考察、第4章 小説の冒険 第5章 映像の冒険)

吉田裕

人文論集(53)p.113 - 1672015年03月-

link

詳細

概要:第3章 マネをめぐる二つの考察 1 バタイユの経済学とマネ 2 《オランピア》は何を示すか? 3 麻酔と痺れ、そして疲労へ 4 フーコーによるマネ、三つの問題系 5 《フォリ・ベルジェールの酒場》の示すもの 6 マネ以後 第4章 小説の冒険 1 時間芸術の中に現れる空間性 2 小説はパロディから立ち上がる 3 カフカの『審判』 第5章 映像の冒険 1 ベンヤミンの映画論 2 剥離するイマージュ「マルホランド・ドライブ」 3 移行 4 相互浸透

断片的記述

吉田裕

詩の練習16p.18 - 212015年01月-

死者の二つの送り方 バタイユとマルロー

吉田 裕

Azur(16)p.107 - 1232015年-2015年

CiNiilink

詳細

ISSN:2188-7497

大森晋輔著『ピエール・クロソウスキー』

吉田裕

週刊読書人(3067)p.42014年11月-

Deux lectures de Manet : Bataille et Foucault

Hiroshi YOSHIDA

Cahier Bataille(2)p.127 - 1422014年10月-

歩行は何処へ行ったか—秋山駿についての遅ればせの試論

吉田裕

LEIDEN(6)p.27 - 412014年07月-

死を死者のものに

吉田裕

ジョルジュ・バタイユ『『死者』とその周辺』、書肆山田、2014の解説論文p.191 - 2422014年06月-

伝説の終わり? バタイユと「刻み切りの刑」の写真

吉田裕

AZUR(15)p.61 - 782014年03月-

空間の輻輳に関する試論1(第1章 テキストの外から、そしてテキストの外へ 第2章 写真の不思議)

吉田裕

人文論集(52)p.21 - 672014年03月-

link

詳細

概要:第1章 テキストの外から、そしてテキストの外へ 1 異質な空間 2 村上春樹「象の消滅」と「パン屋再襲撃」 3 川上弘美「夏休み」と『センセイの鞄』 4 村上龍「コンビニにて」 5 多和田葉子『変身のためのオピウム』 6 三崎亜紀『となり町戦争』 第2章 写真の不思議 1 バルト『明るい部屋』 2 ディディ=ユーベルマン『イメージの前で』 3 吉増剛造の二重露光写真

輻湊する空間—建築・映画・小説

吉田裕

比較文学年誌(50)p.37 - 562014年03月-

伝説の終わり? : バタイユと「刻み切りの刑」の写真

吉田 裕

Azur(15)p.61 - 782014年-2014年

CiNiilink

詳細

概要:1 エンブレムとしての図像 2 『エロスの涙』は誰が書いたのか? 3 「刻み切りの刑」の3つの例 4 いつ、どのようにして写真の存在を知り、それを入手したか 5 補遺・見つめる男

歴史の裂け目から—アンジェイ・ワイダの『灰とダイヤモンド』

吉田裕

LEIDEN(4)p.12 - 202013年08月-

思想の姿について(吉本隆明追悼)

吉田裕

LEIDEN(2)p.18 - 252012年07月-

「アセファル」と私たちの時代

吉田裕

詩の練習(バタイユ・アルトー特集号)(3)p.8 - 112012年05月-

エロティスムと文学

吉田裕

人文論集(50)2012年03月-

翻訳ポール・ヴェルレーヌ詩二篇「アルチュール・ランボーに」

ポール・ヴェルレーヌ

LEIDEN0p.28 - 292011年07月-

剥離する映像(イマージュ)—デヴィット・リンチ『マルホランド・ドライブ』

吉田裕

現代文学(83)p.40 - 552011年07月-

バタイユのニーチェ論とその曲がり角

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(49)2011年03月-

芸術からアートへ:アートの公共性をめぐって

北山研二/吉田裕

AZUR(12)p.1 - 182011年03月-

芸術からアートへ : アートの公共性をめぐって

北山 研二;吉田 裕

Azur(12)p.1 - 182011年-2011年

CiNii

L'Hyper-spatialité du Japon contemporaine et les écrivains

Hiroshi Yoshida

Les Études françaises au Japon, tradition et renouveaup.95 - 1062010年09月-

岩野卓司著、『ジョルジュ・バタイユ』、水声社

吉田裕

図書新聞(2974)2010年07月-

今日の日本における空間の輻輳と作家たち

吉田裕

危機の中の文学、中山・赤羽・北山・佐々木・吉田の共編著p.151 - 1692010年06月-

死と歴史をめぐる二重奏—ヘーゲルを読むバタイユⅡ

吉田裕

人文論集(48)2010年03月-

死と歴史をめぐる二重奏—ヘーゲルを読むバタイユⅠ

吉田裕

AZUR(11)p.53 - 722010年03月-

ベルクソンを読む小林秀雄(2)『感想』

吉田裕

比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室(46)2010年03月-

死と歴史をめぐる二重奏 I : ヘーゲルを読むバタイユ

吉田 裕

Azur(11)p.53 - 722010年-2010年

CiNiilink

詳細

概要:1 二つのヘーゲル論 2 バタイユにおけるヘーゲルとニーチェ 3 最初のヘーゲル 4 コジェーヴ的ヘーゲル 5 ヘーゲルの死の理論と供犠の経験を通底するもの(以下「死と供犠」

過剰さとその行方(経済学・至高性・芸術)Ⅲ

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(47)p.135 - 1732009年03月-

過剰さとその行方(経済学・至高性・芸術)Ⅱ

吉田裕

AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会(10)p.35 - 522009年03月-

Deux lectures de Manet --- Bataille et Foucault

YOSHIDA Hiroshi

比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室(44)p.1 - 152008年03月-

二つのマネ論——バタイユとフーコー

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(46)p.73 - 982008年03月-

過剰さとその行方(経済学・至高性・芸術)Ⅰ

吉田裕

AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会(9)p.97 - 1122008年03月-

「呪われた部分」はどこへ行ったか—バタイユ的経済学のゆくえ

吉田裕

談/TASC機関誌(80)p.39 - 542007年12月-

輻輳する空間 絵画と文学の間

吉田裕

プレクサス(6)p.33 - 342007年11月-

幸福な身体

吉田裕

プレクサス(6)p.5 - 62007年11月-

戦争の影

吉田裕

「アセファル・その内と外」、シンポジウム報告集(神田、吉田、古永、江澤、細貝との共著)p.21 - 362007年05月-

ベルクソンを読む小林秀雄(1)『感想』以前

吉田裕

比較文学年誌比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室(43)2007年03月-

丸本隆編『初期オペラの研究』

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(45)2007年02月-

同意と拒否——築山登美夫詩集『異教徒の書』を読む

吉田裕

COTO(13)p.34 - 382007年01月-

結社「アセファル」をめぐって

吉田裕

ちくま学芸文庫『聖なる陰謀』解説p.477 - 5002006年04月-

バタイユの受容ー吉本隆明の場合

吉田裕

比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室(42)p.65 - 892006年03月-

Le sacrée et la communauté--Autour d'Acéphale (1936-1939)

Hiroshi YOSHIDA

AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会(7)p.83 - 972006年03月-

Haiku et la concience des choses

Hiroshi YOSHIDA

Revue des Sciences Humaines / Université de Lille 3(282)p.63 - 722006年02月-

小林秀雄ノート・第4回

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(44)2006年02月-

『眼球譚』論

吉田裕

るしおる/書肆山田(59)p.90 - 1002005年12月-

バタイユの受容ー吉本隆明の場合

吉田裕

早稲田大学比較文学研究室/月例研究発表会2005年07月-

書評・赤嶺盛勝『夢のかけらⅡ」

吉田裕

沖縄タイムス社/沖縄タイムス(2005.06.18)(20240)p.20 - 202005年06月-

「釈明」(抄訳)

ピエール・ギヨタ

みすず/みすず書房47(4)p.12 - 202005年05月-

書評・酒井健著『バタイユ・魅惑する思想』

吉田裕

図書新聞/図書新聞社(2720)2005年04月-

サド論をめぐって・バタイユからクロソウスキーへⅡ

吉田裕

るしおる / 書肆山田(56)p.64 - 762005年03月-

小林秀雄ノートⅢ

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(43)2005年03月-

内的体験をめぐってⅢ(最終回)

吉田裕

AZUR / 成城大学フランス語フランス文化研究会(6)p.115 - 1272005年03月-

身体と虚体

吉田裕

プレクサス / 「プレクサス」舎(4)p.32 - 332004年10月-

痛みと身体

吉田裕

プレクサス/「プレクサス」舎(3)p.6 - 62004年05月-

西東三鬼論

吉田裕

日本現代詩歌研究/日本現代詩歌文学館(6)p.117 - 1312004年03月-

内的体験をめぐってⅡ

吉田裕

AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会(5)p.89 - 1052004年03月-

書評『邯鄲』(星野恒彦句集)

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(42)2004年02月-

小林秀雄ノートⅡ

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(42)p.53 - 832004年02月-

揺らめく身体

吉田裕

プレクサス/「プレクサス」舎(2)p.3 - 32003年10月-

二つの言語—米須興文『文学作品の誕生』について

吉田裕

間隙/間隙出版販売(21)p.12 - 152003年07月-

透明と身体

吉田裕

プレクサス/「プレクサス」舎(創刊)p.8 - 82003年06月-

バタイユからクロソウスキーへ『ディアナの水浴』をめぐって

吉田裕

るしおる/書肆山田(49)p.70 - 752003年03月-

内的体験をめぐってⅠ

吉田裕

AZUR/成城大学仏語仏文化研究会(4)p.55 - 692003年03月-

小林秀雄論・ ドストエフスキー論の問題(1)

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(41)p.21 - 492003年02月-

俳句文学館紀要・第12号発刊

岡田日郎、今瀬剛一、吉田裕、執木龍、宮津昭彦

俳句文学館/俳人協会(382)p.1 - 22003年02月-

吉田一穂における詩と俳句の問題

吉田裕

俳句文学館紀要/俳人協会(12)2002年10月-

バタイユの図書館

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(40)2002年02月-

エクスターズの探求者

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(39)p.217 - 2872001年02月-

高山旭編著『百年後のあなたへ——マリーナ・ツヴェターエワの叙情詩』

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(38)2000年02月-

謎を解くこと、謎を生きることバタイユ『有用性の限界』をめぐって

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(38)p.147 - 1742000年02月-

死者ノ勝利

吉田裕

るしおる/書肆山田(33)p.60 - 691998年03月-

バタイユ主要著作解題(『眼球譚』『マダム・エドワルダ』『大天使のように』『不可能なもの』『C神父』『空の青』『死者』の項目担当)

酒井健、吉田裕、和田康

ユリイカ/青土社p.279 - 2961997年07月-

星々の磁場

吉田裕

ユリイカ/青土社p.196 - 2051997年07月-

バタイユ・ポリティック

吉田裕

Booby Trap/ブービー・トラップ編集室(22−25)1996年12月-1998年02月 

詳細

概要:のち人文論集第36号(1998年2月)に、修正の上で一括掲載。

ボードリヤール/吉本隆明著『世紀末を語る』

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(34)1996年03月-

バタイユ・マテリアリスト

吉田裕

Booby Trap/ブービー・トラップ編集室(17−19)1995年04月-1995年11月 

張承志著(岸陽子訳)『黒駿馬』

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(33)1995年02月-

塚原史著『終末のソリチュード』

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(32)1994年02月-

ニーチェの誘惑——バタイユはニーチェをどう読んだか——

吉田裕

Booby Trap/ブービー・トラップ編集室(8−16)1993年05月-

色彩から明暗へ—星野恒彦句集『麦秋』を読む

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会、貂/貂の会に転載(49号)(31)1993年02月-

吉田一穂論——「白鳥」

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(30)1992年02月-

ジュネット覚え書

吉田裕

人文論集(30)p.205 - 2171992年02月-

淫蕩と言語と

吉田裕

なだぐれあ/なだぐれあの会(6)1989年11月-

出奔する狂女たち——一葉試論

吉田裕

文学/岩波書店56(7)p.20 - 451988年07月-

竹田青嗣著『世界の背理』

吉田裕

図書新聞/図書新聞社(592)1988年05月-

心的なものの行方

吉田裕

早稲田文学/早稲田文学会1986年11月-

誌の源泉を求めて——啄木試論

吉田裕

文学/岩波書店1986年09月-1986年10月 

歴史の挫折と夢——バルト『エクリチュールの零度』と『ミシュレ』

吉田裕

早稲田文学/早稲田文学会1985年10月-

自然から意識へ——吉本隆明『共同幻想論』

吉田裕

早稲田文学/早稲田文学会1984年06月-

歴史のなかの記述——ブランショの三つのサド論

吉田裕

人文論集/早稲田大学法学会(22)1984年02月-

テロルの回路——一ナロードニキの回想録から

吉田裕

早稲田文学/早稲田文学会1983年09月-

歴史はいかに現れるか——武田泰淳『司馬遷』と「蝮のすえ」

吉田裕

早稲田文学/早稲田文学会1983年05月-

誌と歴史——堀川正美詩集『太平洋』

吉田裕

散/散の会(3)1983年02月-

表出する人間——吉本隆明『言語にとって美とは何か』

吉田裕

早稲田文学/早稲田文学会1982年04月-

「物語」についての覚え書

吉田裕

吉本隆明とブランショ収録1981年08月-

言葉から詩へ——リルケ『マルテの手記』

吉田裕

散/散の会11981年08月-

批評から文学へ

吉田裕

早稲田文学/早稲田文学会1980年03月-

知を越えて

吉田裕

早稲田文学/早稲田文学会1979年04月-

書くとは何か

吉田裕

早稲田文学/早稲田文学会1978年02月-1978年06月 

思想の位置

吉田裕

蒼生/早稲田大学文学部文芸科研究室121976年12月-

書籍等出版物

『死者』とその周辺

ジョルジュ・バタイユ著(吉田裕訳)

書肆山田2014年 06月-

詳細

ISBN:978-4-87995-897-6

バタイユ—聖なるものから現在へ

吉田裕

名古屋大学出版会2012年 11月-

詳細

ISBN:978-4-8158-0713-9

詩と絵画—ボードレール以降の系譜(共著、吉田裕 「二つのマネ論—バタイユとフーコー」)

丸川誠司編

未知谷2011年 12月-

詳細

ISBN:978-4-89642-360-0

Les Études françaises au Japon, tradition et renouveau

Jean René Klein et Francine Thyrion (éds)

Presse universitaire de Louvain2010年 09月-

詳細

ISBN:978-2-87463-224-2

危機の中の文学(共著、吉田裕「今日の日本における空間の輻輳と作家たち」)

中山真彦・赤羽研三・北山研二・佐々木滋子・吉田裕共編著

水声社2010年 06月-

詳細

ISBN:978-4-89176-785-3

これからの文学研究と思想の地平(共著、吉田裕「テキストの外から、そしてテキストの外へ」)

松澤和宏・田中実編

右文書院2007年 07月-

詳細

ISBN:978-4-8421-0089-0

バタイユの迷宮

吉田裕

書肆山田2007年 05月-

詳細

ISBN:978-4-87995-701-6

聖なる陰謀——アセファル資料集

ジョルジュ・バタイユ他(吉田裕、江沢健一郎、神田浩一、古永真一、細貝健司共訳)

筑摩書房(ちくま学芸文庫)2006年 04月-

詳細

ISBN:4-480-08292-9

異質学の試み(バタイユ・マテリアリストⅠ)

吉田裕

書肆山田2001年 01月-

詳細

ISBN:4-87995-501-9

物質の政治学(バタイユ・マテリアリストⅡ)

吉田裕

書肆山田2001年 01月-

詳細

ISBN:4-87995-502-7

ニーチェの誘惑

吉田裕

書肆山田1996年 07月-

詳細

ISBN:4-87995-383-0

聖女たち

吉田裕

書肆山田1993年 07月-

詳細

ISBN:4-87995-309-1

歴史はいかに現れるか

吉田裕

私家版1992年 12月-

詩的行為論

吉田裕

七月堂1988年 06月-

幻想生成論

吉田裕

大和書房1988年 02月-

詳細

ISBN:4-479-72026-x c0312

吉本隆明とブランショ

吉田裕

弓立社1981年 08月-

日本近代文学研究資料叢書「吉本隆明・江藤淳」(吉田裕「思想の位置」)

共著吉田裕

有精堂1980年 04月-

詳細

ISBN:9784640300874

詩的行為論(増補改訂版)

吉田 裕(単著)

書肆山田2018年 05月-

詳細

単行本(一般書)総ページ数:473担当ページ数:1-473ISBN:9784879959683-1921395028006

概要:次の12人の作家についての論考を収録:北村透谷、樋口一葉、石川啄木、武田泰淳、秋山駿、堀川正美、築山登美夫、リルケ、ブランショ、バルト、フィグネル、ワ次の12人の作家についての論考を収録:北村透谷、樋口一葉、石川啄木、武田泰淳、秋山駿、堀川正美、築山登美夫、リルケ、ブランショ、バルト、フィグネル、ワ...次の12人の作家についての論考を収録:北村透谷、樋口一葉、石川啄木、武田泰淳、秋山駿、堀川正美、築山登美夫、リルケ、ブランショ、バルト、フィグネル、ワイダ。

移動する民

アジエ、ミシェル(単訳)

藤原書店2019年 07月-

詳細

単行本(一般書)総ページ数:164ISBN:9784865782325

概要:副題「国境に満ちた世界で」。移民でもなく、難民でもなく、移動していく人々。2015年にピークを迎えたこの動きを、人類学者の目から見つめる。

講演・口頭発表等

マネはバタイユによってどのように読まれたか:聖なるものの行方

日仏文化講座:美術を哲学する—現代フランス思想とイメージ2015年01月31日

詳細

口頭発表(一般)

アンチモダンの系譜と行方

日本フランス語フランス文学会秋季大会ワークショップ2010年10月

詳細

口頭発表(一般)

芸術に公益があるのか

日本公益学会第11回全国大会でのシンポジウム「公益と経営哲学」2010年09月

詳細

口頭発表(一般)

ヘーゲルを読むバタイユ

AZUR11号 合評会2010年06月

詳細

口頭発表(一般)

『バタイユの迷宮』を巡る討論

バタイユ・ブランショ研究会『バタイユの迷宮』書評会2009年05月

詳細

口頭発表(一般)

現代日本における空間の輻輳と作家たち

日本におけるフランス研究、ルーヴァン大学、ベルギー2009年05月

詳細

口頭発表(一般)

シンポジウム「化 世羅 世螺」

NPO法人アート・プレゼンス主催第一回国際アートフェス2008 in NUMATA2008年08月

詳細

口頭発表(一般)

輻輳する空間——絵画と文学の間を行き来しながら

NPO法人アートプレゼンス主催第一回芸術家会議2007年10月

詳細

口頭発表(一般)

二つのマネ論——バタイユとフーコー

詩と造形芸術:二つのポイエーシスの対話2007年09月

詳細

口頭発表(一般)

戦争の影

シンポジウム「アセファル、その内と外」、バタイユブランショ研究会2006年05月

詳細

口頭発表(一般)

俳句と物の意識

俳句とフランス現代詩に関する国際シンポジウム(川那部保明)2003年12月06日

詳細

口頭発表(一般)

風景の変成―フェリーチェ・ヴァリーニの場合

吉田裕

成城大学フランス語フランス文化研究会総会(成城大学フランス語フランス文化研究会)招待有り2016年07月02日

ラスコーの曙光から

日本フランス語フランス文学会秋季大会ワークショップ8(日本フランス語フランス文学会)2017年10月29日

詳細

国内会議シンポジウム・ワークショップ パネル(公募)開催地:名古屋大学

概要: 1940年に発見されたラスコーの先史時代洞窟壁画が、戦後の思想家・芸術家にどのような衝撃をもたらしたかを、シャール、バタイユ、ブランショを通して検討する。吉田はバタイユの『先史時代の芸術・ラスコー・芸術の誕生』について報告「バタイユにおけるイメージの生成」を行った。

学内研究制度

特定課題研究

20世紀の文化と思想の中のジョルジュ・バタイユ

2006年度

研究成果概要: 2004年より従事していたマリナ・ガレッティ編のバタイユと結社アセファルに関わる資料集の翻訳を、『聖なる陰謀』の標題で、ちくま学芸文庫から刊行した。共訳者は、江澤健一郎、神田浩一、古永真一、細貝健司の4名である。そして、この刊行... 2004年より従事していたマリナ・ガレッティ編のバタイユと結社アセファルに関わる資料集の翻訳を、『聖なる陰謀』の標題で、ちくま学芸文庫から刊行した。共訳者は、江澤健一郎、神田浩一、古永真一、細貝健司の4名である。そして、この刊行に伴い、バタイユ・ブランショ研究会のなかで、シンポジウムを開催し、訳者5名がそれぞれの発表を行った。これは5月20日に慶応大学で開催された日本フランス語フランス文学会の活動の一環として行われた。さらに、この発表を、報告集「アセファル――その内と外」としてまとめた。この作業により、1935年から44年にかけての、バタイユのもっとも混迷した時期を、ひとつの視点から読み通す作業を完了することが出来た。 これを受けて、吉田個人は、バタイユ研究を総括する作業に入り、『バタイユの迷宮』として刊行する予定である。この書物の中心に置かれるのは、『眼球譚』、『内的体験』、『死者』に関する論考である。『眼球譚』論では、これまで行われてきたような精神分析的な解釈ではなく、小説作品の空間の生成という観点から論じた。『内的体験』論では、供犠、瞑想、エクスターズ――これまで一緒くたに論じられてきた傾向がある――を、ある探求の過程として位置づけることを行った。『死者』論においては、これまで比較的論じられることの少なかった、この短いが激烈な作品を、死あるいはエロチスムに関する、バタイユの思考のひとつの頂点として読み取ることを提案した。 さらに、これらの作品が書かれた背後にある、社会学的、宗教的、経済学的な探求についての論考を収める(「エクスターズの探求者Ⅰ,Ⅱ」、「聖なるものと共同体」、「謎を解くこと・謎を生きること」)。バタイユに於けるこうした領域は、断片的にしか言及されることのなかった部分であるが、それを総合的・系統的に分析し提示した。 収録した論文は、一番古いものは、1998年発表であるが、かなりの変更を加えた。私にとっては、この書物は、バタイユ論の一区切りであるが、次には、バタイユに於ける芸術の問題――それは同時に1945年以後のバタイユの問題でもある――に考察を進めたいと考えている。

歴史の中のバタイユ――宗教・革命・芸術・エロチスムの視点から

2007年度

研究成果概要: 今年度最大の収穫は、『バタイユの迷宮』を刊行できたことである。新著の刊行は、『バタイユ・マテリアリストⅠⅡ』(2001年)より6年ぶりのことであるが、かなり大部なこの書物(309ページ)により、中期のバタイユの宗教的探求――バタ... 今年度最大の収穫は、『バタイユの迷宮』を刊行できたことである。新著の刊行は、『バタイユ・マテリアリストⅠⅡ』(2001年)より6年ぶりのことであるが、かなり大部なこの書物(309ページ)により、中期のバタイユの宗教的探求――バタイユの中でもっとも重要な部分――についてまとめるという、年来の課題に切りをつけることが出来た。これまでの著書と併せ、1945年頃までのバタイユの、思想的(哲学、社会学、政治)および宗教的な探求の厚みをほぼとらえることが出来るようになったと考える。 その次の段階は、時期で言えば、第二次大戦の終了以降、彼の年齢として40代後半以後の後期をとらえることである。この時期については、経済学と芸術論(おもに絵画論)が重要だが、今年はこれらの主題に触れることが出来た。一方では、彼の『マネ』を中心にした下記のいくつかの論考がその成果である。だが、他方で私にとって重要なのは、この主題はたんに取り残したいくつかの主題の一つであるのではなく、人間は自分の産み出す過剰なエネルギーをどのように使うかという、彼の思考の根本に対する現代的な回答を担っていることが明らかになってきたことである。過剰なものは、現代において、諸芸術の中にもっとも鋭く現れるとバタイユは考えたように思われる。そのことを証明するために、「過剰さとその行方」という主題を設定して考察を開始した。この論文は、彼の経済学(エコノミー)から出発して、至高性に関する考察を経て、おそらくマネ論やラスコーの壁画論、そしてカフカを中心とすることになる彼の文学論にまで、延長される予定である。第一回をすでに書き終えており、2008年3月にAZUR誌に掲載される。

ジョルジュ・バタイユ研究

1995年度

研究成果概要: ジョルジュ・バタイユに関する研究を,しばらく前から続けているが,1995年度は,バタイユの最初期に関する検討を行った。1897年生まれのバタイユがものを書き始めるのは,1920年代の後半,シュルレアリスムおよびアンドレ・ブルト... ジョルジュ・バタイユに関する研究を,しばらく前から続けているが,1995年度は,バタイユの最初期に関する検討を行った。1897年生まれのバタイユがものを書き始めるのは,1920年代の後半,シュルレアリスムおよびアンドレ・ブルトンとの関わりと抗争においてである。 この関係の中には,単に文学と学術におさまらないさまざまの要素が絡んでくる。精神分析学の理解のしかた,トロツキーの追放に象徴される左翼運動の混迷などである。バタイユは,ブルトンとの論争に全精力を集中する。シュルレアリスムについてバタイユはのちに,自分は内部の的だったと言っている。つまり理性あるいは必然性を越えた不可思議で偶然のものへの関心は同じくするが,それでも決定的に異なるところがあるというのだ。この違いがはっきりと見えてくるのは,1929年のブルトンからのアンケートに対するバタイユの回答「イデアリストの糞ったれどもにはうんざりだ」であろう。ここでバタイユの反イデアリスムすなわちマテリアリスムが明瞭になる。この前後の論文(未発表のものが多くある)をたどっていくと,彼が精神分析学や社会学を援用しながら,また当時のマルクス主義を批判しながら,物質性を問い,明らかにしようとしていることが見えてくる。物質性へのこの関心は,これを以降姿を変えながらも,バタイユの行程を最下部から支配することになる。 バタイユのこの最初の立脚点を確かめえたことが,1995年度の成果である。

ジョルジュ・バタイユ研究

1996年度

研究成果概要: 前年度までは、バタイユの全体を、そのニーチェ論を読みつなぐことでたどろうとしたが、それを、対象とした論文の翻訳を加えて、七月に書肆山田から『ニーチェの誘惑』という表題のもとに刊行することができた。そのあと、今度はバタイユを、より... 前年度までは、バタイユの全体を、そのニーチェ論を読みつなぐことでたどろうとしたが、それを、対象とした論文の翻訳を加えて、七月に書肆山田から『ニーチェの誘惑』という表題のもとに刊行することができた。そのあと、今度はバタイユを、より具体的な場で読む仕事に取りかかっている。その最初の一歩として、彼が活動を始めた1920年代後半から30年代はじめ頃に焦点を当てる仕事を行った。 そこで明らかにしようとしたことは二つある。ひとつは、事実関係の確認である。 この仕事は簡単なようだが、いくつかの翻訳を除いて、日本語では十分にはなされていない。この時期は、ことにアンドレ・ブルトンとの論争が問題になるが、バタイユの側からは、敵意があまりに高じたせいか、逆に直接名指しで批判するということを行っていないため、関係を見抜くことが難しい。この関係付けを行うことが、当初の目的であったが、それはかなりなしえたと思う。 もう一つは思想的な問題である。バタイユは多くの場合、死と結び合わされる。この結びつけは間違っていないが、しばしば死の問題だけに抽象され、限定されることがあり、それでは不十分ではないのか、という疑問があった。バタイユの死の思想の中にはなにかほかのもの、現実的なものが進入してくるような気配がある、という印象があって、それをもっとも初期の段階で探ってみようとした。 その結果最初期のバタイユは、死の探求をほとんど物質性の探求と同一視していることがわかった。死の経験は、物質の経験として現れている。これが彼の小説をエロチックで暴力的なものとし、また反対側で当時のマルクス主義の唯物論およびシュルレアリストたちをイデアリストと批判する根拠になっていて、さらにその経験が内的体験の様相にまで延長されているらしいこともわかってきた。 最初期のバタイユについてのこの考察は、「バタイユ・マテリアリスト」の表題で、清水鱗造氏の雑誌「ブービー・トラップ」の17号(1995年4月)から21号(96年8月)に書き継ぎ、改稿して法学部人文論集の96年度号に同じ題で発表の予定である。以後は上記でとらええた立場によって、政治的活動から宗教的探求にわたる中期のバタイユの幅広い活動をとらえることを試みたい。

ジョルジュ・バタイユ研究

1997年度

研究成果概要:1990年頃からバタイユについての研究を続けていて、ここ数年は、とりわけ1920年代から30年代にかけてのバタイユの政治的な思想と行動を明らかにすることを目的とする研究を行った。この時代は、ロシア革命以後の社会主義革命運動の変質、...1990年頃からバタイユについての研究を続けていて、ここ数年は、とりわけ1920年代から30年代にかけてのバタイユの政治的な思想と行動を明らかにすることを目的とする研究を行った。この時代は、ロシア革命以後の社会主義革命運動の変質、そしてその反動のようなファシスムの勃興というふうに、左右が激しく対立しあった時代であった。フランスもまたその坩堝の一つであり、34年の右翼の暴動から36年の人民戦線の成立に至るまで、さまざまの政治的思想的潮流が渦巻いた。バタイユは、この時期には思想家というよりも、ほとんど左派の活動家と言わねばならないような姿を残しているが、それを正確に捉えることは難しい。というのは、彼はどこかの大組織に属していたわけではなく、小グループの中におり、独立した思想を持っていたからだ。これをとらえるためには、彼の言動をいきなり思想的に定式化するのでなく、まずそれを彼の時代と社会の現場に置いてみる必要があった。 すなわち、バタイユの傍らには「民主共産主義者サークル」を率いていたボリス・スヴァリーヌがおり、その背後には、次第に溝を深めていくとは言え、トロツキーの存在があり、トロツキーと対立するスターリニスムの問題があった。またバタイユは最後には、民兵組織を構想するに至るが、その時、同様のことを考えている小グループがほかにないわけではなかったようだ。加えるに、彼よりもかなり年下であったが、シモーヌ・ヴェイユの存在は、彼にとって大きな意味を持ち続けた。そうした錯綜した現実の中にまず彼を置いてみようとして、かなり細部にわたる探索を行わねばならなかった。それが、今回の研究である。

バタイユと社会学

1999年度

研究成果概要: 1999年度は、特定課題研究の援助に加えて、パリ大学との研究者交換協定に則って、98年9月から99年8月までパリに滞在する機会を持ち、研究をいっそう深めることが出来た。研究者としては、バタイユの初期の文献的研究に業績を上げている... 1999年度は、特定課題研究の援助に加えて、パリ大学との研究者交換協定に則って、98年9月から99年8月までパリに滞在する機会を持ち、研究をいっそう深めることが出来た。研究者としては、バタイユの初期の文献的研究に業績を上げているJean=Pierre Bouler氏、バタイユの美術への関心について著作のあるVincent Teixeira氏の知遇を得て、多くの示唆と刺激を得た。また、国立図書館で、彼の書簡の手稿を読み、画家マソンとの共作の多くのリトグラフの入った稀覯本を調べることが出来た。加えて、パリに留学中の若い研究者数人と読書会を持つ機会に恵まれ、そこで1939年から1943年ぐらいの間に書かれたバタイユの未完の論考『有用性の限界』を訳することが出来た。これは哲学的思想的考察と社会学的関心がバタイユ特有のやり方で入り交じり、この時期のバタイユの思索の深さと拡がりを示す好例となる著作である。この翻訳は、出版の予定である。なお、この翻訳の解説を、私が担当し、読書会での討論を経て、「謎を解くこと、謎を生きること」の標題でまとめた。この解説は、かなり長いものであるので(400字詰め原稿用紙で90枚)、論文として、まず「人文論集」に発表した。(ただ残念ながら、この翻訳は、翻訳権の関係で、出版することが出来なかった)

ジョルジュ・バタイユの思想および行動と彼の時代

2003年度

研究成果概要: バタイユの政治的行動をたどる仕事を終えて、それを『バタイユ・マテリアリスト』の標題で、書肆山田から2冊本で出版した後、もう一つの枢要な主題、宗教的活動をたどる仕事に取りかかった。その最初は、彼の最初期からあった宗教的関心をたどる... バタイユの政治的行動をたどる仕事を終えて、それを『バタイユ・マテリアリスト』の標題で、書肆山田から2冊本で出版した後、もう一つの枢要な主題、宗教的活動をたどる仕事に取りかかった。その最初は、彼の最初期からあった宗教的関心をたどることで、「エクスターズの探求者」の標題で「人文論集」に発表した。ついで、彼の宗教的関心の頂点というべき戦争中の探求を検討する仕事に取りかかった。これについては、『内的体験』を徹底的に読むことを試みることにし、「内的体験をめぐって」の標題で「AZUR」に連載を始めて、今年度は2回目を秋に提出したところである。この仕事により、民族学の知識、精神分析、キリスト教、またエロチスムが渾然となっている、彼の宗教意識をある程度まで解きほぐし得たと考える。次回(第3回)には、共同体、および戦争という視点から『内的体験』を検討し、それによってこのテーマに一応ピリオドを打つつもりでいる。 またこの主題に関わる研究活動としては、次のものがある。フランスで1999年にバタイユのこの時期の書簡と文書を集めた重要な資料集が出版されたが、これを若い研究者4名と一緒に翻訳中である。これはバタイユ研究のための基礎的な文献になるに違いないものである。さらに、バタイユに対する批判的な視点を獲得するために、バタイユを彼より10才ほど若い作家クロソウスキーと比較する仕事も始めていて、その最初の成果を「バタイユからクロソウスキーへ――『ディアナの水浴』をめぐって」として発表した。

ジョルジュ・バタイユの思想、行動、およびその時代

2004年度

研究成果概要:バタイユの政治的実践的活動を思想を明らかにする仕事を『バタイユ・マテリアリスト』の表題でまとめた後、2004年から、宗教的思想と活動をたどる作業に本格的に取りかかった。彼の宗教観の基盤は、社会学的な知見の渉猟から始まったが、それを...バタイユの政治的実践的活動を思想を明らかにする仕事を『バタイユ・マテリアリスト』の表題でまとめた後、2004年から、宗教的思想と活動をたどる作業に本格的に取りかかった。彼の宗教観の基盤は、社会学的な知見の渉猟から始まったが、それを「エクスターズの探求者」でまとめた上で、彼のこの方面のもっとも重要な著作である『内的体験』を解読する作業に入った。この作業は自分としては、宗教的探求者としてのバタイユのまとめのつもりである。その結果(キリスト教、ニーチェ、戦争、言語との関係を主題とした)を「内的体験をめぐって」の表題で、成城大学フランス文化研究会の機関誌「AZUR」に連載し、2005年に「Ⅲ」で完結させた。 それに伴い、バタイユの最初期の小説である「眼球譚」について、一つの定説となっているロラン・バルトの読み方を批判し、文学テキストとはどんなものであるかについての自分の考えを、「『眼球譚』論」として示した。 以上の2点に、これまで書いたいくつかのバタイユ論を加え、一冊にまとめる仕事を継続中である。 また、1999年にフランスで、バタイユの宗教的実験の場であった結社「アセファル」に関わる重要な資料集が出版され、2003年来、訳者代表として4人の若い研究者とその後半部分を翻訳する仕事に従事してきたが、2006年、『聖なる陰謀』の表題で刊行することが出来た。そこに解説論文「アセファルをめぐって」を掲載した。 さらに比較文学的関心もあり、バタイユの日本への受容について調査を行い、早稲田大学比較文学研究室の「月例研究会」で「バタイユの受容・吉本隆明の場合」の表題で口頭発表を行い、後にそれを論文としてまとめ「比較文学年誌」に発表した。

現在担当している科目

科目名開講学部・研究科開講年度学期
現代史 I  (吉田)法学部2019春学期
総合講座「歴史・思想研究入門」法学部2019春学期
文学 I E (吉田)法学部2019秋学期
総合講座「フランス語圏を知る」法学部2019春学期
仏語初級 I(基礎) 4F法学部2019春学期
仏語初級 II(基礎) 4F法学部2019秋学期
仏語中級 I(総合) 7(春)法学部2019春学期
仏語上級 1(秋)法学部2019秋学期
教養演習(フランス語圏)C法学部2019春学期
教養演習(歴史・思想)B法学部2019秋学期
全学年仏語(初級)I法学部2019春学期
全学年仏語(初級)II法学部2019秋学期
演劇の鑑賞と理解・演習(入門)グローバルエデュケーションセンター2019集中講義(春学期)
演劇の鑑賞と理解・演習(発展)グローバルエデュケーションセンター2019集中講義(秋学期)

教育内容・方法の工夫

レポートの交換

1999年04月-

詳細

概要:第一文学部文芸演習「同時代を読む」で、学年末のレポートを、単に教師に提出すさせるだけでなく、年末の提出に際して、それぞれの学生に登録者数分のコピーを用意させ、教室で交換させている。これによって、教師だけでなく、学生間の意識の緊張と意見の交流をはかっている。

マルチ・メディア授業の実践

1999年04月-2003年03月

詳細

概要:法学部設置の「20世紀の作家たち」を、大学支援により、マルチ・メディア化した。まず、授業の教材を、デジタル化した。主に当時の記録写真、絵画作品、映画を、パワーポイントに取り込み、教室での迅速で大量の提示をおこなった。また、授業全体を録画し、欠席者等が見られるようにした。

レポート集の編集

1999年04月-2001年03月

詳細

概要:法学部設置の「20世紀の作家たち」で、学期末、あるいは学年末に、提出されたレポートの中から、優秀なものを10編ほど選んで、レポート集を作成し、受講生に配布した。

授業アンケートの実施

1999年04月-2003年03月

詳細

概要:法学部設置の「20世紀の作家たち」で、ジョルジュ・バタイユ、小林秀雄、吉本隆明らについて、講義を行ったが、授業後、全員にアンケートを採り、次の授業で、疑問点について解答を行った。

その他教育活動

外国語文献の読書会

詳細

概要:フランス語の著作を原書で読む研究会を、週一度、木曜日の午後、研究室で行っている。これまでに読んだ主な本は次の通り。Deuleuze, "Qu'est-ce que la philosophie?" 現在進行中Compagnon, "La littérature, pour quoi faire?"Benjamin, "Paris, capitale du 20e siècle"Deuleuze, "Présentation de Sacher-Masoch"Lacan, "Le seminaire sur La lettre volee" in "Écrits”Foucault, "L'Archeologie de savoir"Klosowski, "Nietzsche et le cercle vicieux" "Le philosophe scélérat" in "SADE mon prochain" "La monnaie vivante"Bataille, "Erotisme"Ponge, "Le Parti pris des choses"Benjamin, "L'Œuvre d'art à l'époque de sa reproductibilité technique"参加者は、大学院生が主体だが、学部生も参加。早稲田以外、法学部以外の学生も多い。