Name

KAWASE, Takeo

Official Title

Professor

Affiliation

(School of Humanities and Social Sciences)

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28tcha@waseda.jp

URL

Grant-in-aids for Scientific Researcher Number
80177691

Sub-affiliation

Sub-affiliation

Faculty of Letters, Arts and Sciences(Graduate School of Letters, Arts and Sciences)

Educational background・Degree

Educational background

-1975 Waseda University Others
-1985 University of Tokyo Graduate School, Division of Humanities

Career

1985-1988Waseda University, Research Assistant
1988-1991Waseda University
1991-1996Waseda University, Assistant Professor
1996-Waseda University, Professor

Research interests Career

Study on French Modern Poetry

Current Research Theme Keywords:Mallarme,Symbolism

Paper

大正期のネクロフィリア-萩原朔太郎とエドガー・ポー

川瀬武夫

比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室 (44) p.18 - 382008/03-

エマニュエル・デ・ゼサールの役割-マラルメ初期詩篇註解(3)

川瀬武夫

文学研究科紀要/早稲田大学大学院文学研究科 52(2) p.71 - 852007/02-

ルイス/ヴァレリー/ジッド 三声の往復書簡

川瀬武夫

現代詩手帖 48(10) p.66 - 812005/10-

西條八十とアルチュール・ランボー

川瀬武夫

西條八十全集 第十五巻月報 p.3 - 62004/12-

マラルメという謎

川瀬武夫

ちくま/筑摩書房 (402) 2004/10-

ボヌフォワと詩人たち

川瀬武夫

同時代/黒の会・舷燈社 3(14) p.60 - 672003/06-

墓掘り人夫としての詩人-マラルメ初期詩篇註解(2)

川瀬武夫

Etudes francaises 早稲田フランス語フランス文学論集/早稲田大学文学部フランス文学研究室 (10) p.122 - 1402003/02-

《苦悩》について-マラルメ初期詩篇註解(1)

川瀬武夫

文学研究科紀要/早稲田大学大学院文学研究科 47(2) p.3 - 152002/02-

亡霊の調伏—マラルメ《弔いの乾杯》註解のための予備的なノート

川瀬武夫

文学研究科紀要/早稲田大学大学院文学研究科 45(2) p.29 - 442000/02-

広場と花火—マラルメと都市の祝祭をめぐる七つの変奏

川瀬武夫

現代詩手帖/思潮社 42(6) p.50 - 571999/05-

〈危機〉以前の危機-マラルメ《窓》をめぐって

川瀬武夫

文学研究科紀要/早稲田大学大学院文学研究科 41(2) p.33 - 451996/02-

礼節と韜晦-書簡におけるマラルメ

川瀬武夫

早稲田文学/早稲田文学会 1995年10月号1995/10-

祝祭と現在-マラルメの1870年代を読むために

川瀬武夫

Etudes francaises 早稲田フランス語フランス文学論集 (2) p.45 - 631995/02-

マラルメとアナーキズム

川瀬武夫

ユリイカ 9月臨時増刊(128) p.1531986/09-

アドルフ・レッテのマラルメ攻撃-マラルメ同時代批評史の試み(1)

川瀬武夫

ヨーロッパ文学研究 (33) p.161 - 1311985/02-

Books And Publication

マラルメ年譜

川瀬武夫

マラルメ全集Ⅰ—詩・イジチュール/筑摩書房2010/05-

Detali

ISBN:978-4-480-79001-9 C1

書簡分担訳

川瀬武夫

マラルメ全集Ⅴ—書簡Ⅱ/筑摩書房2001/04-

隠蔽されたペニュルティエーム—マラルメとブルトン

川瀬武夫

シュルレアリスムの射程 言語・無意識・複数性(鈴木雅雄編)/せりか書房1998/10-

分担訳・解題

川瀬武夫

マラルメ全集Ⅲ—言語・書物・最新流行/筑摩書房1998/03-

黒い瞳のエロス-ベル・エポックの三姉妹(ドミニク・ボナ著、共訳)

川瀬武夫

筑摩書房1993/10-

分担訳

川瀬武夫

マラルメ全集Ⅳ—書簡Ⅰ/筑摩書房1991/05-

Research Grants & Projects

Grant-in-aids for Scientific Research Adoption Situation

Research Classification:

Study on the relationships between Mallarme and the journalism of his time

Allocation Class:¥1400000

Research Classification:

Research for loading Mallarme text deta base on nctuork and its us

Allocation Class:¥1200000

Research Classification:

Text analysis of the Mallarme's Correspondance

Allocation Class:¥4500000

Research Classification:

General Research on Formative Process and Semantic Structure of Stephane Mallarme's Prosaic Works.

Allocation Class:¥5900000

On-campus Research System

Special Research Project

マラルメの〈火曜会〉についての研究

1995

Research Results Outline: 「マラルメの〈火曜会〉についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は,〈火曜会〉というフランス19世紀末の特異な文化サロンの形成過程の解明に捧げ 「マラルメの〈火曜会〉についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は,〈火曜会〉というフランス19世紀末の特異な文化サロンの形成過程の解明に捧げられた。 マラルメが後に〈火曜会〉と呼ばれることになるサロンをパリ・ローマ街の自宅で開くようにな... 「マラルメの〈火曜会〉についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は,〈火曜会〉というフランス19世紀末の特異な文化サロンの形成過程の解明に捧げられた。 マラルメが後に〈火曜会〉と呼ばれることになるサロンをパリ・ローマ街の自宅で開くようになったのは,1877年のことである。はじめ親しい友人同士の内輪のささやかな集まりにすぎなかったこのサロンは,1884年のヴェルレーヌ『呪われた詩人たち』,並びにユイスマンス『さかしま』の刊行を契機とした詩人の文壇的名声の高まりとともに,一躍活況を呈することとなり,1890年代に入ると,新世代の前衛詩人たちを糾合した「純粋詩の殿堂」とも「象徴派の牙城」とも目されるほどになる。 本研究では,そうした〈火曜会〉の成立と発展の過程を,主に『マラルメ書簡集』前十一巻(アンリ・モンドール,ロイド=ジェイムズ・オースティン編,ガリマール書店)の詳細な読解を通じて,できるだけ具体的に検証するように努めた。それと同時に,〈火曜会〉参加メンバーの回想録等の資料を丹念に蒐集することによって,このサロンの実態(何が話題にされ,どのような人間的交流があったか,等)に迫ろうと試みた。 その結果,明らかになったのは- (1) 優に20年間以上も続いたサロンだけに,その参加メンバーにはかなりの異同が見られること。たとえば70年代から84年まで,および85年から90年まで,さらに91年以降といった時間軸に沿って,ある程度,常連出席者の分類が可能になるのではないかという展望が見えてきたこと。 (2) 参加メンバーは必ずしもフランス人だけでなく,ヴィエレ=グリファン,スチュアート・メリルといったアメリカ人,ローデンバックのようなベルギー人が常連として出席していたほか,イギリス人のワイルド,アーサー・シモンズ,ドイツ人のゲオルゲが訪れるなど,当時のパリとしてはきわめてコスモポリットな環境が形成されていたこと。 (3) また参加メンバーは詩人たちだけでなく,小説家(モーパッサン,バレス,シュオッブ),演劇人(アンリ・ベック),批評家(エニック,フェネオン),画家(ホイッスラー,ルドン,ゴーガン),音楽家(ドビュッシー)らが多数出席しており,その意味で〈火曜会〉はマラルメとその弟子たちによる均質なサークルというにはほど遠く,実質的にはさまざまな芸術ジャンルの前衛の担い手たちの出会いと交流の場であったこと。 (4) それゆえ,〈火曜会〉は,マラルメにとっておのれの文学理念を弟子たちに伝授する場であっただけでなく,むしろ反対にマラルメの方が当時の芸術上の新傾向,新思潮を受容するための格好の機会でもあったこと。 (5) しかしながら,詩人の最晩年にいたって,こうした新世代の文学者,芸術家の「師」からの奇妙な離反現象が見られること。それと平行するように,マラルメはパリに住むよりも,郊外のヴァルヴァンの別荘で暮らすことを好むようになり,〈火曜会〉そのものがいわば空洞化していったこと。このマラルメを襲った突然の「孤独」の原因はまだ十分に解明できないでいるが,少なくとも若い詩的世代の側からのマラルメ的美学の乗り越えの動きがこの時期表面化していたことだけは確かである。 以上のようなパースペクティヴにたつならば,マラルメの難解きわまりない文学思想の展開を従来よりもはるかに精緻か実証的に辿っていく可能性が大きく見えてきたことを本研究の成果として報告しておきたい。なお精力的に研究に取り組んだかたわらで,マラルメ研究の第一級の資料たるその書簡についての考察が「礼節と韜晦-書簡におけるマラルメ」(『早稲田文学』,1995年10月号)に,またマラルメにとっての最大の「師」ボードレールとの関係についての考察が「〈危機〉以前の危機-マラルメ《窓》をめぐって-」(『文学研究科紀要』,早稲田大学大学院,第41輯,第2分冊,1996年2月)としてまとめられたことをつけ加えておく。

マラルメ書簡の研究-その知的交友圏の形成と展開

1996

Research Results Outline: 「マラルメ書簡の研究-その知的交友圏の形成と展開」と銘打った本年度の特定課題研究は、一般に「書かない詩人」とされてきたステファヌ・マラルメ(1842 「マラルメ書簡の研究-その知的交友圏の形成と展開」と銘打った本年度の特定課題研究は、一般に「書かない詩人」とされてきたステファヌ・マラルメ(1842-1898)が思いのほかに大量に残している書簡テクストの存在に注目して、手紙を書くという行為が彼の... 「マラルメ書簡の研究-その知的交友圏の形成と展開」と銘打った本年度の特定課題研究は、一般に「書かない詩人」とされてきたステファヌ・マラルメ(1842-1898)が思いのほかに大量に残している書簡テクストの存在に注目して、手紙を書くという行為が彼の詩的営為において果たしていた役割を吟味し、同時にこれらの書簡の資料的意義の評価をおこなうことをめざした。本研究の過程で得られた知見を以下に箇条書きで述べてみる。 (1)マラルメ書簡が書かれた1862年から1898年までの年度毎に対信者別リストを作成しながら、各時期の書簡の特徴を把握するように努めた。 (2)その結果、マラルメの詩人としての経歴の前半期(1862-1880)に書かれた書簡はおのれの文学的信条を身近な友人に吐露した長文の「文学書簡」が重要な位置を占めるのに対し、詩壇の名士となった後半期においては、献本に対する簡潔な礼状を中心とする社交儀礼的な色彩が強くなっていくことが判明した。 (3)マラルメがパリの自宅で開いていた有名な文学サロン「火曜会」の実体は、これら晩年の書簡の検討を通じてはじめて明らかになる。この時期のマラルメの知的交友圏のめざましい拡大は、「火曜会」が師を崇拝する一握りの弟子による秘教的な結社ではなく、同時代の前衛的芸術運動の主要な担い手たちを結集した類例のないサロンであったことを示している。この「火曜会」を舞台とした活発な文学・芸術思想の交流こそは、十九世紀末フランス文学研究の最も魅力的なテーマのひとつとなるであろう。 (4)ただこの時期マラルメは対信者の氏名と住所を定型四行詩に織り込んだいわゆる「アドレス詩」の制作に熱中しており、その意味では、社交的な挨拶にしか見えない短い手紙にも、マラルメが書くという行為に託した秘かな意図が見てとれる。「地上世界のオルフェウス的解明」と規定される、マラルメのついに実現されなかった壮大な<書物 Livre>の夢の「陰画」が、じつはこれら晩年のおびただしい量の書簡群であったといえなくもない。 (5)マラルメが同輩や年下の文学者たちから送られてきた献本に対して書いた礼状には、彼の文学的な趣味や立場についての「本音」がしばしば語られており、生前に公刊された著作からは窺いしれない詩人の批評眼を垣間見ることができる。 本研究の成果は、現在鋭意編集・翻訳作業が進行中の『マラルメ全集V・書簡II』(筑摩書房、1998年刊行予定)において有益に活用されることになる。

マラルメと同時代の美術についての研究

1997

Research Results Outline:「マラルメと同時代の美術についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は、主として1870年代の詩人の評論活動における、同時代美術に注がれた眼差しの意「マラルメと同時代の美術についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は、主として1870年代の詩人の評論活動における、同時代美術に注がれた眼差しの意義を明らかにすることをめざした。1871年のパリ・コミューン崩壊直後に上京したマラルメは、それまで...「マラルメと同時代の美術についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は、主として1870年代の詩人の評論活動における、同時代美術に注がれた眼差しの意義を明らかにすることをめざした。1871年のパリ・コミューン崩壊直後に上京したマラルメは、それまでの高踏的な詩人としての孤立した営為の枠を越えて、旺盛なジャーナリスム活動を展開するようになる。そこで彼が直面したテーマは、都市文明のなかでの芸術の可能性にかかわるものだった。ロンドン博覧会を取材したルポルタージュでは、産業革命以降の社会における装飾芸術の将来が展望され、またマネの出品作のサロン落選を契機に書かれたマネ論は、群衆と芸術作品との新しい関係を考察している。従来の「虚無」と「絶対」の詩人といった紋切り型のマラルメ像は、こうした1870年代の彼の活動の再評価によって、大きな修正を余儀なくされるであろう。ちなみに、彼のマネ論は、この画家の試みをフランス印象派との関連のうえではじめて正当に位置づけたものであり、19世紀美術批評史においてもきわめて重要な地位を占めうるものである。かかるマラルメの透徹した同時代美術への洞察があればこそ、1880年代以降の象徴主義絵画をめぐる活発な議論が、まさに詩人の主宰する「火曜会」というサロンを舞台に展開されることになるわけだ。 本研究で得られた知見の一部は、本年3月に筑摩書房より刊行された『マラルメ全集Ⅲ』(「インド説話集」「散文さまざま」の章に収められたテクストの翻訳、解題、註解を担当)の最終校正段階で生かすことができた。また1870年代に発表されたマラルメの散文詩「類推の魔」の読解を中心テーマとした論文「隠蔽されたペニュルティエーム--マラルメとブルトン」が、せりか書房より刊行されたシュルレアリスム論集『シュルレアリスムの射程』(鈴木雅雄編)のなかに収録された。

フランス象徴主義についての研究

1998

Research Results Outline:「フランス象徴主義についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は、一般に象徴派と呼ばれる、1880年代後半にフランスの詩壇に台頭した詩的世代とステフ「フランス象徴主義についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は、一般に象徴派と呼ばれる、1880年代後半にフランスの詩壇に台頭した詩的世代とステファヌ・マラルメの関係に焦点を絞ってみた。マラルメが自宅のアパルトマンで開いていた「火曜会」という文...「フランス象徴主義についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は、一般に象徴派と呼ばれる、1880年代後半にフランスの詩壇に台頭した詩的世代とステファヌ・マラルメの関係に焦点を絞ってみた。マラルメが自宅のアパルトマンで開いていた「火曜会」という文学サロンには、象徴派世代の多くの詩人たちが常連として押し掛けたし、文壇ジャーナリズムとの対応の場面でも、彼は新しい世代の庇護者としてのポーズを終始くずしていない。また一方で、若い詩人たちもことあるごとにマラルメを象徴派の「総師」として担ぎ出す戦略を意識的にとっていたふしがある。しかし、詩というものの本質をめぐる考察において、マラルメと象徴派グループとのあいだに大きな裂け目があったことも否定できない。象徴派の最も意義深い改革とされる自由詩句の運動に対して、マラルメはあくまでも距離をとりつづけ、その存在をきわめて限定的にしか容認していないのだ。 マラルメは同時代の社会的・文化的な虚無を「空位時代」という表現によって名指したが、自由詩句という詩法上の変革も彼にとってはそうした「空位時代」の不安な徴候にすぎない。というかむしろ、象徴派というエコールの出現がマラルメの文明論的な危機意識をはっきり目覚めさせたと言うべきであるかもしれない。詩が「自由」の名の下にあくまでも個人的な次元での表現にとどまり、文明社会の集団的な価値の形成に参与することを放棄している状態をマラルメはあえて「危機」と呼んだのである。マラルメの晩年の「書物」の構想は、その意味において、すぐれて反象徴主義的な企てであったと考えてよいだろう。「個人」であることを脱却した非人称的なエクリチュールによって、宇宙の総体を一冊の書物のうちに純粋に定着することをめざしたマラルメの途方もない野心は、ついに実を結ぶことなく終わったが、そこへと至るマラルメの思考の営為は、同時期のフランス象徴主義運動の流れとの対比によって、いっそう鮮明に浮き彫りにされるはずである。 なお本研究によって得られた知見の一端は、「現代詩手帖」1999年5月号(特集:マラルメと近代)に掲載された論文「広場と花火-マラルメと都市の祝祭をめぐる七つの変奏」にとりあえず盛り込むことができた。

マラルメ『ディヴァガシオン』の研究

1999

Research Results Outline: 「マラルメ『ディヴァガシオン』の研究」と銘打った1999年度の特定課題研究は、詩人の死の1年前に彼の散文作品の集大成として刊行された『ディヴァガシオ 「マラルメ『ディヴァガシオン』の研究」と銘打った1999年度の特定課題研究は、詩人の死の1年前に彼の散文作品の集大成として刊行された『ディヴァガシオン』の構成原理をいかにして把握するかという問題に焦点をあてた。「地上世界のオルフェウス的解明」と定... 「マラルメ『ディヴァガシオン』の研究」と銘打った1999年度の特定課題研究は、詩人の死の1年前に彼の散文作品の集大成として刊行された『ディヴァガシオン』の構成原理をいかにして把握するかという問題に焦点をあてた。「地上世界のオルフェウス的解明」と定義されるマラルメの唯一絶対の〈書物〉の夢想は彼の生涯の文学的営為を根底から規定するものだが、詩人が晩年になって刊行した(あるいは、刊行しようとした)3冊の著作、すなわち散文集『ディヴァガシオン』、没後刊行の韻文集『ポエジー』、および従来のジャンル概念から大幅に逸脱した破天荒な形式の『賽の一振り』(これは結局マラルメの意図通りには刊行されなかった)が、彼の〈書物〉の夢想のなかでどのような位置を占めているのかを問うことは、マラルメ研究におけるきわめて重要な課題であることは論をまたない。 とりわけ、60年代、70年代の散文詩から、80年代の演劇論を経て、90年代の群衆論、絵画論、詩論、書物論までを収めた『ディヴァガシオン』は、何の脈絡もないテクスト群がたまたま1冊の書物として取りまとめられただけにすぎないように見えるが、初出のプレオリジナルのテクストと詳細に照合してみると、マラルメがこれらを収録するにあたって、徹底した書き直しと、ほとんどコラージュと呼んでいいような大幅な削除・組み替えを施していることが判明する。この詩人における明白な構成意識は、『ディヴァガシオン』が反=書物ないしは偽=書物として成立したのではなく、やはりマラルメの〈書物〉の問題圏のなかで生み出された著作であることをあかし立てているとともに、その〈書物〉概念の複雑にして逆説的な様態を十分に窺わせるに足るものだろう。 このように極端にレヴェルも種類も異なるテクストの混在を許している『ディヴァガシオン』という特異な〈容器〉の構成原理がどこにあるのかを突きとめるには、さらに踏み込んだ考察を必要とするだろうが、少なくともこの著作がマラルメの〈書物〉をめぐる深遠な形而上学の具体的なエクリチュール実践のひとつであったことはもはや疑いようもない。

ステファヌ・マラルメの言語思想に関する研究

2000

Research Results Outline: 「ステファヌ・マラルメの言語思想に関する研究」と銘打った2000年度の特定課題研究は、主として詩人の1860年代後半の言語学的探求に焦点をあて、いわ 「ステファヌ・マラルメの言語思想に関する研究」と銘打った2000年度の特定課題研究は、主として詩人の1860年代後半の言語学的探求に焦点をあて、いわゆるマラルメの「形而上学的危機」のなかで、彼の言語にまつわる問題意識が、どのような深まりと射程を持... 「ステファヌ・マラルメの言語思想に関する研究」と銘打った2000年度の特定課題研究は、主として詩人の1860年代後半の言語学的探求に焦点をあて、いわゆるマラルメの「形而上学的危機」のなかで、彼の言語にまつわる問題意識が、どのような深まりと射程を持つに至ったか、そしてその後の彼の詩的営為にいかなる影響を与えたかを検証してみた。 1860年代にマラルメが逢着した〈危機〉の内実とは、キリスト教の〈神〉の不在の発見と、そこから帰結する人間存在の虚無性の認識であったといっていい。そのような絶望感から脱出するためにマラルメがとりあえず手にしたアリアドネーの糸は、たんなる物質的存在にすぎない人間がそなえている固有の言語能力への着目であった。人間が現実世界を超越しうる唯一の契機としての「虚構fiction」を生み出すちからはまさにこの言語に由来する能力であり、〈神〉概念がそうした人間による最大の「虚構」である以上、言語こそは人間の「神性divinité」を保証する根拠に他ならないと彼は考えたのである。 この時期マラルメは哲学的自殺をテーマにした難解なコント「イジチュール」を書くかたわら、言語学の学位論文を提出するための本格的な準備作業に入っている。結局、この学位論文はついに完成しなかったものの、現在残されている断片的なメモを読むかぎり、彼の言語思想がヘーゲル哲学の思弁的な枠組みにとどまることなく、当時勃興期にあった印欧比較言語学の実証的な成果に多くを依拠していたことは明らかである。彼が同時代の言語学研究に何を見てとっていたのかを正確に確定するにはさらに粘り強い調査を必要とするが、少なくとも1877年に刊行されたマラルメ唯一の英語学関係の著作『英単語』が1870年代初頭までには着想され、執筆の準備が始められていたことだけはまちがいない。従来、リセの英語教師であったマラルメの小遣い稼ぎの仕事としか見なされてこなかった『英単語』を、以上のような彼の言語学的探求の必然的な帰結と位置づけ、その意義を深く理解することは今後のマラルメ研究の重要な課題となるであろう。 なお、今年度は筆者がその訳出書簡の選定作業から参与していた『マラルメ全集Ⅴ・書簡Ⅱ』(筑摩書房)の最終校正にも忙殺された。本巻は筆者による「凡例」および各年の「扉年譜」を付して、2001年4月にようやく刊行の運びとなった。

ステファヌ・マラルメの初期詩篇についての註解研究

2003

Research Results Outline: 本年度の特定課題研究は同研究課題の科研費申請のための予備的研究として位置づけられた。 最新のテクスト研究の成果に基づき(とくにベルトラン・マルシャル 本年度の特定課題研究は同研究課題の科研費申請のための予備的研究として位置づけられた。 最新のテクスト研究の成果に基づき(とくにベルトラン・マルシャル編纂のプレイアッド版全集新版に依拠するところが多かった)、マラルメの初期詩篇にかんする文献学的デー... 本年度の特定課題研究は同研究課題の科研費申請のための予備的研究として位置づけられた。 最新のテクスト研究の成果に基づき(とくにベルトラン・マルシャル編纂のプレイアッド版全集新版に依拠するところが多かった)、マラルメの初期詩篇にかんする文献学的データの整備につとめるとともに、欧米の学術雑誌を中心としてこの分野での新しい研究論文を蒐集し、その書誌的情報をデータベース化した。 一方で、初期マラルメの詩人的形成に大きな影響を与えたと推測される先行詩人たち、すなわちヴィクトル・ユゴー、シャルル・ボードレール、テオドール・ド・バンヴィルらのテクストにも幅広く目を配り、1860年代前半の時点におけるマラルメの詩的地平の確定に力を注いだ。60年代後半のいわゆる「危機」の時期をはさんで、マラルメが変わった部分と変わらなかった部分を丁寧に腑分けしていく作業は、今後のマラルメ研究にとって重大な意味を持つと考えられる。 科研費が獲得されたあかつきには、本年度の予備的調査・研究を土台にして、本課題についての総合的展開が可能となるはずである。

ステファヌ・マラルメの初期詩篇についての註解研究

2005

Research Results Outline: 2005年度の特定課題研究は、特別研究期間制度適用に伴うフランス(パリ)での在外研究と重ねて実施されることとなったので、地の利を生かす形で、ステフ 2005年度の特定課題研究は、特別研究期間制度適用に伴うフランス(パリ)での在外研究と重ねて実施されることとなったので、地の利を生かす形で、ステファヌ・マラルメの初期詩篇とフランスの首都とのかかわりに焦点をあてることにした。 マラルメはパリ生... 2005年度の特定課題研究は、特別研究期間制度適用に伴うフランス(パリ)での在外研究と重ねて実施されることとなったので、地の利を生かす形で、ステファヌ・マラルメの初期詩篇とフランスの首都とのかかわりに焦点をあてることにした。 マラルメはパリ生まれであったが、14歳のとき中級官吏であった父親の任地の関係でサンスのリセに転校したから、そのときから1862-1863年の1年間のロンドン滞在を経て、1871年にパリ・コミューン崩壊後の首都へリセ・コンドルセの英語教師となって舞い戻るにいたるまで、詩人とパリとの関係はしばらく途絶えていたかに見えなくもない。 しかしこのかんマラルメとパリとの紐帯を保ちつづけるものがあったとすれば、それは彼が自分のまわりに張り巡らせた人間関係のネットワークであった。まず、サンスのリセに国語教員として赴任してきた新進の詩人エマニュエル・デ・ゼサールが若きマラルメを地方都市の孤独から救い出す。そして、このデ・ゼサールの紹介によって、アンリ・カザリス、カチュル・マンデス、ヴィリエ・ド・リラダンといったパリに住む気鋭の文学者たちと実り多い交友関係を結んでいくのである。 さらにデ・ゼサールは、マラルメをこれに劣らぬ重要な交遊サークルのなかに導き入れることになる。のちにニナ・ド・ヴィヤールの名で知られるようになる個性的な女性とその取り巻き連中が作り上げていた独特な世界である(デ・ゼサールはニナに求愛して拒絶されている)。マラルメの最初に印刷された詩篇群は、じつはこの交遊圏から直接生まれたものであり、さらに1870年代に入ってからも、マラルメは成長したニナの主宰する文学サロンに出入りすることによって、シャルル・クロやエドゥアール・マネらと知り合いになる(マネはこの時期有名なニナの肖像画を描く)。パリに戻ったマラルメが、独自のジャーナリズム活動を通じてフランスの首都の祝祭的な「現在」に目を開かされたこととニナの現代的なサロンの存在は決して無関係ではなかったはずである。 従来ほとんど注目されてこなかったマラルメとニナ・ド・ヴィヤールのとの関係は、モード雑誌「最新流行」刊行の経緯も含めて、きわめて重要なものであることが判明している。パリでの資料調査の成果も踏まえて、今後もこのテーマを追求していく予定である。 

Foreign Countries Research Activity

Research Project Title: ステファヌ・マラルメの初期詩篇についての註釈的研究

2015/04-2016/03

Affiliation: フランス国立図書館(フランス)

Research Project Title: フランス近代詩研究

2005/03-2006/03

Affiliation: パリ第4大学(フランス)

Lecture Course

Course TitleSchoolYearTerm
Required Core Seminar 55School of Humanities and Social Sciences2019spring semester
Core Lecture 5School of Humanities and Social Sciences2019spring semester
Core Lecture 6(RE)School of Humanities and Social Sciences2019fall semester
French I (Step 1) 3School of Culture, Media and Society2019spring semester
French I (Step 1) 3School of Humanities and Social Sciences2019spring semester
French III (Step 1) 3School of Culture, Media and Society2019spring semester
French III (Step 1) 3School of Humanities and Social Sciences2019spring semester
French I (Step 2) 3School of Culture, Media and Society2019fall semester
French I (Step 2) 3School of Humanities and Social Sciences2019fall semester
French III (Step 2) 3School of Culture, Media and Society2019fall semester
French III (Step 2) 3School of Humanities and Social Sciences2019fall semester
History of French Literature 1School of Culture, Media and Society2019spring semester
History of French Literature 1School of Humanities and Social Sciences2019spring semester
French PoetrySchool of Culture, Media and Society2019spring semester
French PoetrySchool of Humanities and Social Sciences2019spring semester
Seminar in French Studies 5 (French Literature 2)School of Humanities and Social Sciences2019fall semester
Seminar in French Studies 13 (French Literature 6)School of Humanities and Social Sciences2019fall semester
French Studies Seminar (Graduation Thesis) spring (KAWASE, Takeo)School of Humanities and Social Sciences2019spring semester
French Studies Seminar (Graduation Thesis) fall (KAWASE, Takeo)School of Humanities and Social Sciences2019fall semester
French Literature: Research SeminarGraduate School of Letters, Arts and Sciences2019spring semester
French Literature: Research SeminarGraduate School of Letters, Arts and Sciences2019fall semester
French Literature 4-1: SeminarGraduate School of Letters, Arts and Sciences2019spring semester
French Literature 4-2: SeminarGraduate School of Letters, Arts and Sciences2019fall semester
French Literature 4-1: Research SeminarGraduate School of Letters, Arts and Sciences2019spring semester
French Literature 4-2: Research SeminarGraduate School of Letters, Arts and Sciences2019fall semester